十中一句 ~赤坂暮らし~

赤坂に似合わない赤坂の住人。独自の視点からもののあはれを書き綴ります。

ドイツパン

 どこか、とはいえないが、近年強烈にまずいパンを作るパン屋に出会った。パンだけに限らず、生まれてこの方食べたことのないまずさで、4種類4個買ったが、最初の一個のひとくちで、ノックアウトされた。

 チョココロネ、レバーの入ったサンドイッチ、あと2種類は何を買ったのかも記憶を失ったし、そもそも肝心の自分が唯一口にしたパンの形状も味も覚えていない。そのくらい恐ろしい体験だった。

 私はパンに対するこだわりが強く、自分で酵母から起こし、粉も使い分けて焼いてきた。 もちろん、ドイツパンを食べたのも初めてではない。この店をみつけたときは、小躍りしたくなったが、飲食店評価サイトのある口コミが気になってはいた。旨いとも不味いとも書いておらず、「ドイツパンとはこういうものなのかもしれないが」「自分の口には合わない」というような表現があったのだ。

 なんとも、チャレンジ精神を掻き立てるではないか。そうか、では私がドイツの食文化に挑んでやろう、というような気持ちにもなったような気がする。

 店は、大通りから入ったところにあり、老舗感を堂々と漂わせながら佇んでいた。窓の外から店内を眺めると、パンや焼き菓子が並んでいる。どこか、絵本の中の一場面とか、夢の中の一場面とか、ミニチュアのセットを見ているような感覚に陥る。「ごめんください」と声をかけて、誰もいない店内に恐る恐る入ってみた。棚に平置きで「クロワッサン」がある。小さい短冊状の紙にもそう書いてあるが、トラ状に模様が入ったような見た目で、カニっぽい形状以外、クロワッサンらしさがみじんも感じられない。「嘘だろう?」と心の中でつぶやいた。

 ここまでくれば、対象物を購入して帰ったところで、それらが実はほっぺたが落ちるほどおいしい!という奇跡が起きるはずなどないことは人生経験上わかっている。しかし老婦人が接客のため出てきてしまった今、買わずに引き返すのは自分の心理的に無理だ。なぜか私は、一層得体のしれない世界を味わってしまいそうなレバーとチーズ?のサンドイッチに手を出した。

 袋を抱えて職場に行き、包みを開いていずれかのパンをかじり、私の動きは止まった。それ以上噛むことができない。やっとの思いで飲み込むと、好奇心旺盛な同僚たちが試食し始めた。結果、2個のパンはほぼ手つかずに近い形でさよならとなった。

 強烈なまずさの理由は、おそらく古い粉。ドイツパンだからまずいなんてことがあるわけない。パン屋を営むならせめて、酵母と粉と、食べてくれる人への愛を忘れないでほしい。